宇 宙   おおぞら  うちゅう   OZORA  UCHIU

宇宙の画像

江戸系   晩生   澄んだ浅黄地に白筋の入る半八重から八重。花径は14cm前後の中輪。葉は堅く直立し、葉先の部分に凹凸のうねりが出るのが特徴。草丈は低く出来ても60cm前後。

花形が変化しやすく、満足な花形に咲く方が希で、六英に旗弁が出る程度の花になることも多い。性質がひじょうに弱く、根が細く旺盛な生育をしない。ときに殖えることもあり喜んでいると、次の年には逆に減ってしまうといった具合で、栽培の難しい品種である。


江戸系の古花の中でも松平菖翁作出の「菖翁花」と呼ばれている品種の一つ。1840年頃の作。菖翁の著書、「花菖培養録」や「花菖蒲花銘」でも筆頭または末尾に挙げられ、菖翁自身でもこの花を別格と考えていたことが窺われる。

菖翁は「培養録」のなかで、「私が優秀花であると親愛しているのは、絨地縮地(ビロード状チリメン地の弁質)で、花弁が厚く、丸く幅広く重なって、十分に勢いがある大輪で、色も形も良い花である。」と語っているが、この画像の花も、花弁に細かな凹凸、つまり縮緬地の弁質を持っていることがわかる。開花後期には、この縮緬地が透けるような透明感を持つようになるが、こういう花は宇宙以外にはない。

長い年月に及ぶ花菖蒲の改良の果てに出現したすばらしい八重の花を、菖翁は「ああ 人力の造化に冥合せるか 遂に奇品出るにいたれり」(ああ、人の力が造物主(神)と知らぬ間に合致したのであろうか、ついに奇品が出現するに至った。)と、「花菖培養録」の中でその感激を述べている。この花をより楽しむには「花菖培養録」の熟読が必須である。

菖翁自身の絶賛と、その美しさ性質の弱さなどから古来より花菖蒲最高の名花として有名な花であり、ベテランのみならず、花菖蒲を少しかじった者までも入手したいと切望する、愛好家垂涎の品種である。

名前は、菖翁は「おおぞら」と読ませたが、こんにち、一般には「うちゅう」で通っている。また、花銘の意は、人力の遠く及ばない、造物主への畏敬であると私は思う。
江戸末期の天保年間の末頃(1840年頃)には、作出されていたことが判っている。今日の品種に比べれば中輪で、飛びぬけて美しい花でもないが、その文化的価値ゆへに最高の名花の地位は不動である。



菖翁の 昔語りや 花あやめ      漱石




現在、菖翁花として現存している品種は、ほかに霓裳羽衣、昇 竜、連城の璧、立田川、虎 嘯、鶴の毛衣、三笠山、五湖の遊、仙女の洞、王昭君、九十九髪、雲衣裳、七宝、都の巽、和田津海、御幸簾がある。なかでも 三笠山、虎 嘯、九十九髪、御幸簾、七 宝は、宇宙などよりはるかに栽培の稀な希少品種である。戦後暫くの間は,「花菖培養録」にその姿がある、月下波、獅子奮迅の奇品2種も現存していたようだが、現在は絶種したと思われる。
また、「花菖蒲花銘」、「菖花譜」などの菖翁の品種目録にはあるが、現存する花がどうも菖翁花としては品位に欠けるもの、つまり同名異種である可能性が高い品種として、雲衣裳、蛇籠の波がある。
そのほか、菖翁の品種目録にはないが、堀切の小高園で戦前に出版された「小高園来歴」に、菖翁培養の逸品として記されているものに、笑布袋、雲の上、大淀、真鶴、酒中花、紅葉滝、大鳥毛、鬼ヶ島、鶴鵲楼などがあり、現に酒中花や鶴鵲楼、紅葉滝などは、昔から人ずてに菖翁花と言われてきた品種である。菖翁の死後、翁の花は遺族により小高園に引き渡されたという話もあり、これらの花が江戸古花としてかなり完成度の高い品格を持っているので、この話はまんざら嘘でもないようにも思える。


菖翁花をコレクションするのも面白いが、これらの品種を収集するのは、なかなかたいへんな仕事である。菖翁花などの古花の類は、歴史のある植物園などに時として保存されていることがあるが、殆どが公営で、個人や、まして一企業の金儲けのために苗を譲ってくれるような所はない。金で買えるなら苦労はない。私もだいぶ苦心して集めたが、まだ入手できない品種も幾つかある。


ちなみに宇宙の入手についてだが、高価に販売しておられる方もいるが、殖えないため一般に入手は困難で、人と人との信頼の上に譲り受ける花といったイメージが私にはあるし、売るのはどうも恐れ多い。
と言うのも、これは昭和40年代頃の話だが、とある花菖蒲園の主が宇宙に100万円の値を付け、たまたまどうしても欲しい人がいて、その値で売ったそうである。当時の100万円だからかなりの額だが、その後この園主は若くして亡くなってしまった。その話を当園の主の加茂は、宇宙の話題が出るとよく付け加え、花菖蒲は魔除けの花だから、花菖蒲に携わる人は幸せで長生きできるものだが、あいつは宇宙を(つまり、菖翁やこれまで保存されて来られた人々の努力を)100万なんて法外な値で売って自分の懐に入れたから、菖翁の罰が当たったんだ。と時折聞かせてくれた。・・・何かにつけ話題の多い花である。
そんなことから私もどうも売るのは気が進まず、あるとどうしても欲しいという人を断るのも後ろめたいし、人気は高いから何もうちで保存しなくても絶えることはないだろうからと思い、写真も撮ったし実生もしたから必要ないとして、他の花菖蒲園や知人に譲り今は手元にない。

しかし、日本花菖蒲協会の理事連中をはじめ会員の方々の中にはは、けっこう持っている人もいるようである。ほか、東北や北海道の花菖蒲園では、花菖蒲の生育適地なためか宇宙も比較的栽培が楽なようで、畝にして作っている園もある。何ともうらやましい話である。