加茂花菖蒲園花菖蒲データベース https://kamoltd.co.jp/katalog/index.htm



玉 洞 ぎょくとう  GYOKUTHO

熊本花菖蒲   純白の三英花。花径は16cm程度の中大輪。草丈は低く50cm前後。
性質はやや弱く、繁殖は普通。


熊本花菖蒲の古花の一つ。 江戸時代末の文久年間頃に、熊本藩士の平井内蔵助氏によって作出された。
熊本での改良初期の作品のため、花容は一般的な熊本花菖蒲に比べ単純で、江戸花菖蒲の面影を残している。
三方に別れた芯の形が気高く、この芯の形を「玉洞芯」と称し、その昔熊本では本種を「標準花」として、この芯の形を
基準に多くの作品を作り出した。気品高い純白の三英花は、花の品格を重視した菖翁と、翁に師事し「花の芯は人の心
と同じ」とした熊本武士の精神の顕れであり、まさに格物である。姿勢を正し、一礼して拝すべき花である。

衆芳園の西田信常翁が「もし花菖蒲をたった1品種しか作ったらいけないという法律でもできたとしたら、私は「玉 洞」を
作る。」と言った名言を、この花を見るたび思い出す。決して派手な花ではないので、一般受けのする花ではないが、
熊本の武士の精神に触れることができる花と言えないだろうか。信常翁が花の芯の良否について著した文章があるので、
信常翁の遺稿からその部分を抜粋して紹介する。

西田信常翁遺稿より
花の芯は人の心と同一の意味に於いて定む。芯が細小なるは小心者、短きは短気者、立ちたるは心定まらざる者、ことさら
に開き、または抱えたるものは虚心者等とする。貴ぶべからざる心の持ち主である。
(良い芯としては)芯の大きいものは大胆。栞りおだやかにしておとなしく拡がりたる大芯は従順温厚心の意にして、大芯で芯元
強きは強胆を意味する。(中略)芯太く花弁整然たるは貴品と云わずして他あらんや。花は総じて芯は太く芯際おだやかに締り、
花弁は次第に栞り富士山形に弁先かぎりなく垂れ拡がり品位あるを良花とす。



熊本花菖蒲は嘉永年間頃、藩主細川斉護の命により江戸の菖翁に入門した藩士吉田潤之助が、花菖蒲の栽培と苗を菖翁
より分与され、熊本に伝えた後、幕末の安政頃から勃然とその栽培が活発化した。そして明治時代から大正、昭和を経て今
日に至るまで、熊本藩士たちとその末裔の方々などによって育成され、守り伝えられて来た武士の花である。
昭和のはじめ頃から一般に普及しはじめ、戦後はその豪華絢爛なところが着目され人気となったが、本来は武士の精神修養
としての花といった要素が大きく、花の品格がひじょうに大切だった。なかでも花の芯はまず第一に重要な部分で、それは取り
も直さず人の心、厳格な武士道精神に例えられたからである。

「肥後もっこす」と言われる熊本武士の精神を、現代の怠惰な私などがとても理解できるはずもない。しかし、その上でこの花を
見ることがもしできたとしたら、この花はどんなふうに見えるだろうかと思う。


古い本を見ると、この品種はかなり性質が弱く殖えにくいと書かれてあるが、当園の玉洞はその割には丈夫で殖える。
当園の玉洞は、1989年頃、私が西田衆芳園から入れたものである。