アジサイの育種     加茂荘花鳥園 園長・チーフブリーダー 一江 豊一

 加茂花菖蒲園でアジサイの育種に取り組み始めてから20年近くが経過し、育成品種の多くが各方面から注目されるようになってきました。
 交配に使用した品種は80品種を超え、交配数は800組み合わせを数え、命名品種は120品種を超えました。 


アジサイ育種のきっかけ
 当園でアジサイの品種改良に本格的に取り組むようになったきっかけは『THE HYDRANGEA』という一冊の本にあります。
この本に「
デコレーションとしての鉢植えの改良は進んでいるが、庭木としての改良は全くといってよいほど改良が進んでいないのが現状で、この観点でもっと育種が進められるべき」と書かれていました。
 古い書籍ですが、その状況は当時も(現在も)変わりがない様に思われました。
 鉢物用の品種は生産者により積極的に行われていますが、アジサイの庭木としてのパフォーマンスは考慮されておらず無視されていると言って過言ではありません。



初期の作出花の一つ コサージュ

取り組みの姿勢
 この点に着目し、当園のアジサイ改良の目標は、デコレーション目的の鉢花ではなく、庭木として優秀なアジサイの育成を考え、選抜の主眼は、花付きの良さに置き、バラエティー豊かな品種群を育成することを目標にすることに決めました。

 また、数多くの品種が存在する西洋アジサイも育種親として使用しましたが、日本には広い範囲に野生種が自生し、当時既に数々の変異が報告されていましたので、育種を始めるにあたってこれらの変異を活用しない手はないと考えました。 


初期の実生
 初期の実生の多くは、思った以上に特性のばらつきが見られました。
 一番のポイントと考えていた花付きに関しても、満足のゆく実生もあれば、全く見込みのない実生もありました。
 また最初の年は花付きが良いと思って残した株も、次の年にはさっぱり開花せず、淘汰の対象になった株もありましたが、厳しく選抜を繰り返すと、実生全体の花付きレベルと、バラエティーは徐々に向上していきました。
 花つきの良さの目安としては、当時普及していた『隅田の花火』を基準に、これより花付きが悪かったり、不安定なものは淘汰しました。

 

優良個体の蓄積
 交配開始より5年ほど経つ頃になると徐々に要領がつかめ、育種の効率がアップするようになりました。
 最初のうちは、すべての実生を開花サイズまで育てて選抜を行いましたが、株の丈夫さ、分枝性、葉の性質などは、若い苗の状態でも判断できますので、なるべく早い段階で最終的なパフォーマンスを予測して絞り込むことも可能になりました。
 その後の5年間で、しだいに特徴的な品種で、しかも花付きの良い個体が蓄積されてゆきました。

 よりバラエティーに富んだ品種群を育成するには、より多くの原種や野生変異を交配親に用いる必要があります。
 そして、さまざまな系統を用いて交配すると、利点のみでなく欠点までも導入してしまう可能性が高いのは、いたしかたないことです。
 長所は意識して交配するので追跡がしやすいが、欠点は最初は気付かずに導入してしまい、後になってから問題化してくることが多い様です。
 あるいは、一定期間は問題が表面化せず、時間が経って欠点を持った品種が蓄積してから顕在化するのかも知れません。


さらなる課題
 『城ヶ崎』などの八重咲野生変異や『清澄沢アジサイ』からの紅覆輪は、アジサイ品種群の多様化に大きく貢献しています。
 これ以外にも、まだ品種改良に利用されていない遺伝資源は、たくさん知られています。
 可能な育成目標としては、四季咲き性、極濃色、極小輪、極大輪、鮮やかな赤や青、などテーマを拾い上げれば、きりがありません。
 さらに、倍数性の育種に関しても、かなり期待の持てる課題であるように思います。
 スイスで育成された『テラシリーズ』そのままで庭木としてのパフォーマンスは、十分です。
 さらに多様な野生変異などとの組み合わせが成功すれば、庭木として使いづらかったヤマアジサイ系の多様な品種群が活用できると思われます。

 取り組みたい課題は山積状態で、アジサイ改良の歴史は、まだ始まったばかりの印象をもっています。
 アジサイのさらなる発展に向けて、改良活動に取り組んでゆきたいと思っています。